誰も待ってナイでしょうが、「今年の幕開けは惨劇から」続きです。
初めて、目にする方は、イッコ前の日記をご覧下さいー。
そしてカクゴして読み進めてください~。
2本目を滑りながら、
Hさんなんか丁寧にターンのやり方を教えてくださるのですが
私はもう「トイレに行きたい!」がMAX。
3人に断りを入れて、後半急いで山を降りてお手洗いへ。
慌ててトイレに駆け込みました。
すると、お腹が痛いだけあって、ヒドイ下痢(ホントに汚くてごめんなさい~)。
しかし、その時は私。そんなたいした事ではないと思っちゃったのです。
バタバタしてこの3日間、普通にトイレに行くことがそういえばなかったなあ。と。
きっと、つまり過ぎて(失礼)、んでもって、この冷たい空気で冷えちゃって~。みたいな。
でもちょっとまだお腹痛いし、まだ出そう(ホント失礼)だから
ちょっと、隣の食堂に座ってよっかな~。
と、隣の食堂に座ってると。。。
あれ???
あれれれれ????
なんか。しんどい?????
あれ???息切れが。。。。
っていうか、トイレ行きたい!!!!
とフラフラしながらもマッハでトイレへ。
今度は上へ!!!!(もう本当にごめんなさいねー)
マーライオンもびっくりの、大噴出。
しかも、1回じゃなくて一気に4回!!!!(今でも鮮明に覚えている。。。)
酔って吐いたことあるけど、あんなに大噴出は人生ない。
フラフラになりながらも、またしても食堂ヘ。
まだ朝も早かったので、人も少なく、端っこで机にうつ伏せになって座っていました。
そうこうしていると、心配してくれたEちゃんが駆けつけてくれました。
なんでも、あの時普通に滑っていた妹もやっぱり調子が悪くなり、
もう1個ある食堂で臥せっているとか。
Eちゃん「医務室行く?」
と提案してくれたのですが・・・
「もうちょっと様子をみる。。。落ち着いたら自分で行くわ~」
とかなんとか言ってゴマかしました。
実はこの時、とても立ち上がって歩く気力がなかったのです。
スグ隣にあるトイレに行くのがやっと。
いつ行きたい衝動に駆られるか。
医務室行くまでにモツか。。。
Eちゃん「そう。何かあったら連絡してねー」
その後、私は何度かトイレを往復し、
初回ほどではないもののマーライオンになり続け。
なんとか、歩けるかな、と思い、自分で医務室まで歩いていきました。
(医務室まで結構スグでした。)
フラフラしながら、やっとの思いで医務室に着くと。。。。
私の姿を見た女性スタッフさんが、私が言うより早く
「小林さん?」
ビックリしていると
「さっき女の子が来て、事情を聞いてたの。
ここは休憩できないから、2階へどうぞ」
と、2階へ案内されました。
そこには、6帖ほどの和室が並ぶ、元合宿所でした。
布団を敷いたり、バケツを用意したり、かいがいしく用意をしてくれるEちゃん。
2組の布団の1組にはすでに妹が寝ていました。
ストーブも炊いてあり、イタレリツクセリです。
ウエアを脱いで、布団にもぐりこみました。
<第2章>寒い医務室
布団に入ったものの、もう、しんどいので何がなんだかわかりません。
さっき来る時の妹と、同じ症状?ってか妹もここいるし!
何か食べ物?
でも2日目の宴会で一緒だったEちゃんはピンピンしてます。
めっちゃ元気です。
こんな用意をしてくれているEちゃんに申し訳なくて申し訳なくて
「ごめんね~ごめんね~」
を繰り返す私。(この時、しんどいもののスッキリしていたのもあってなんとかしゃべれてました)
妹は、喋れないほどに衰弱していました。
Eちゃんが痛み止めを持っていたので、それを飲む妹。
私は、「しゃべれるぐらいだから、大丈夫」と飲まずにいました。
そう。。。この時、飲んでおけばよかったのです。。。。
Eちゃん「これで安心したから、私達滑ってくるね」
どうぞどうぞと送り出しました。
昔合宿所だったらしく、古くて薄い布団。
ゴワゴワの毛布。
和室を出て、長い廊下の先に、極寒のトイレ。
でも文句は言えません。
。。。でも寒い!!!
ストーブ?炊いてるよね?えーい温度高く設定。。。出来なーい。
布団に入って寝るつもりが、幾度となく襲ってくる波と
たまに極寒のトイレに行くことで、寝付けない。。。
段々寒さも増してきて、
もう出すものもなくなったのか
腹痛がハンパなく攻めてきました。
布団の中で七転八倒。
お腹を押さえて、右に左に。
や、やばい。。。。痛み止め飲んでおけばよかった。。。。
時すでに遅し!
薬持ってる、Eちゃんには滑っていいよって言っちゃったし。
きっと滑ってる最中でジャマしちゃわるい。。。
それからもお腹をかかえて、七転八倒。
何度目かのトイレから帰って来たとき。。。。
ふと傍の机の上に、Eちゃんの薬入れを発見。
そう。
彼女は出かけるときに「ここに置いておくね」といって置いてくれていたのです。
やっと薬を飲み。
なんとか痛みも落ち着いて来ました。。。
やっと、やっと、うとうとと眠りにつけるように。
途中。
下の医務室の人が様子を見に来てくれました。
救急車を呼ぼうにも、山奥で、病院がないことなんかを聞くと
このまま寝ている他ありません。
途中、Eちゃんもお茶を買って来てくれたり様子を見てくれました。
痛み止めを早めに飲んでいた妹は1本だけすべりに行ってみるものの
やっぱり戻って寝てました。
でも5時になり、この施設に鍵をかけると追い出されることに。
なんとか立ち上がれるぐらいになった私達姉妹。
EちゃんとHさんで、荷物の整頓なんかもしてくれて
なんとか車に乗り込み帰路へ。
なんとか喋れるようになった妹と、4人で帰りながら
何が原因か議論する
「昨日の晩御飯???」
「いやEちゃんも食べた」
「朝のコンビニのパン???」
「いやEちゃんも食べた」
「胃薬は妹しか飲んでないし~」
「やっぱ食べすぎ???」
「食べすぎでこんなになる???」
結局、結論は出ないまま。
途中、何度かトイレに行きながらも無事帰宅。
<第3章>コトの発端
トイレに寄りながら帰ったので、時間がかかり夜遅く自宅に到着。
家に入ってみると。。。。
コタツで青い顔して寝ている3女が!!!
なんでも父もらしい。
小林家の6人のうち、4人がダウン。
3女は上も下も。父は下のみ。
母もちょっと下にきている。
。。。おばあちゃんはピンピン。
ええええ~!!!
集団感染????
O157とか???
心配して、2日目に宴会のあった
Eちゃんファミリーと、
母方ばーちゃんと
もう一家族Mファミリーに電話してみると
2日目のメンバーは誰一人症状は出ておらず元気。
え?じゃ、1日目???
すると、父より耳寄りな情報が。。。。
1日目に来ていた、小林系のFファミリーのおじさん。(父の弟)
年末まで“嘔吐下痢”で苦しんでいたそうな。。。。
なんでも、1日目の宴会の時にその話題になったらしく
「もう治ったけどヒドかった~」と話していたらしい。
えええええええええ!!!!!!
嘔吐下痢は治りかけが染るんだよぉおおおお!!!!!
来るなよぉ~おおお!!!!!
しかも、そんななら取り箸を使わずに食事するなよ~ぉおおお!!!!
というワケで、原因は1日目でした。
あの宴会の中、そんな食事取ってなかったハズなのに。
しっかり菌はいただいちゃってたのね~。
翌日の4日。
1日目のメンバーに電話してみると
Fおじさんの近くに座っていた、Kファミリーおじさんとおばさんは
思いっきり染されてました。
上へ下への大騒ぎだったらしい。
Kファミリーの私の従弟にあたる青森の家族、お嫁さんと孫のちびちゃんたち3人は元気なのが救い。
コトの発端のFファミリーはモチロン無事。
Fファミリーの孫たちも無事。
。。。オオモトはそこだったのかもしれないけど。
つまり、Fおじさん1人から、6人の患者(しかも重症)。。。。
救いは、0~5歳の子ども達が5人も居たのにその子たちは無事。
90歳のばーちゃんも無事。
ほんっと怖いです、嘔吐下痢。
<エピローグ>後日談
そんなこんなで、正月早々家族中が寝込む、ホントの意味での寝正月。
4日には3女がなんとか復活。
5日には次女が復活。
父は、中では軽症だったので、4日ぐらいには復活?
そして、私。。。。引きずりまして、当分かかりました。
6日から仕事始めだったのですが、6日は欠勤。
7日からの出勤となりました。。。。
出勤しても、普段あんなにある食欲が半分ぐらいで、
結局完治するのに一週間ぐらいかかりました。
体重は2キロちょい軽くなっておりました。(スグ戻ったけど)
後日、Fおじさんが吊るし上げられたのは、言うまでもありません。
(私の父と、ばーちゃんと、Kファミリーのおじさんから)
≪惨劇の教訓≫
嘔吐下痢は治り始めに染る!!!
取り箸を必ず使う!!!!!
<「今年の幕開けは惨劇から」完>
来年の正月、Fおじさんファミリーが来ない気がする。。。
Kファミリーも来ないかも。。。
おばーちゃん、皆に会えるこの正月の行事を毎年楽しみにしているのになあ。
さて。本気で長いですね。
読んでくれた方がいらっしゃったらありがとう。
今また嘔吐下痢が流行っていると聞きます。
治ったと思っても当分用心して
手洗いうがい、はしっかりして下さいね。

