2011/03/14

今考えること

先週の金曜日に起こった東北地方太平洋沖地震。
あれから、テレビやラジオで悲痛な模様が流されている。

そして、ただテレビで現状を見つめることしかできない毎日。
どんなに涙を流しながらテレビを見ていたとしても、私がわかることができるのは、
実際に被災にあわれたかたの、数百分の1にも満たないと思う。

大切な人を目の前で失った悲しみ。
汗水流して手に入れた我が家が流されていく悔しさ。
生きているのか、生きていないのかも分からないまま探し歩く日々。

余震、津波の危険は続いている。
福島原発も復旧のめどが立っていない。
福島原発の爆発事故が起こっている。
放射能の恐怖。

まだまだ、自体は終息へと向かわない。

もし、それが自分に起こったことであったらと、
置き換えてでしか感じるとることしかできない。
ただ、見つめることしかできない。

早く、復興に向かってほしいと、願うことしかできない。


ニュースで、津波から救出されたおじいさんがインタビューを受けているとき、笑顔でこう言った。

「チリも経験してますからねえ。大丈夫、また復建しましょう」

印象的だった。

私は、ただ茫然とニュースをみることしかできないのに。
被災を受けた人が、前を向いている。
その心の強さに、生きる強さに驚かされ、
逆に勇気づけられた。


私がもし、災害や事故に巻き込まれた時、
大切な人を守る強さを持っているのだろうか、
生き抜く強さをもっているのだろうか。

以前、私は強くなりたいと思っていた。
それは、自分が一人で立つ強さがほしいと思っていた。
辛い時、乗り越える強さがほしかった。
ただそれは、自分を守る防御策がほしかっただけのような気がする。

今思えば、エゴの塊だ。
しかし、私も少ずつ大人になり、
自分を守る強さよりも、大切な人を守る強さが欲しいと思うようになっていた。

そんな時にこの災害のニュース。
そして、おじいちゃんの言葉。

本当の強さとは、辛い経験や、悲しみを乗り越えたその先でしか、
得ることのできない事のように思えた。

もうひとつ印象的だったのは、
津波をみつめている被災された方の言葉

「何もなくなってしまいました。明日からどうしたらいいのか。
でも、ここにいる人たちはみんな同じなんでね。」

どんなにテレビをみて涙を流しても、
被災者の気持ちを全てはわかることができない。
何もかもを失った人たちでしか、分かち合えない部分。。

そんな姿を見た時、義援金を考えている自分は、ただの偽善者のように思えた。
恥ずかしい話、義援金をいくら振り込もうかと考えた時、
「3000円でいいかな」と、思ってしまった。

全財産を失った人たちに対して、その不謹慎な感覚。

自分が一番大切だと思うのは、人間の防衛本能。
まだまだ弱虫な私は、自分も守ることで精いっぱい。
そうして、全身で近くにいる大切な人を守ることが次への目標。
すこしでも、ちょっとでも私も前に進みたいと思う。

そのために、ほんの少しの善意を送ろうと思う。
そのことで、自分がほんのちょっとでも成長できるような気がするから。
この考えがすでに、エゴ。

それでも、進まないよりは進んだ方が良い。
そう信じて進もうと思う。


補足:気持ちの整理がつかないまま書いている日記のため、支離滅裂な文章になっていることを
お詫びします。でも、今の感覚を忘れないうちに、何か書いてみたかったのです。

東日本大震災による被害を受けられた皆様に、謹んでお見舞い申し上げると共に、 被災地の一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げます。